明日を縫う、忘却の花嫁

第13話 祭りの衣装と追加料金

 祭りの衣装は、見た目よりずっと重かった。 「この裾を全部、今日中に?」  作業台の向こうで侍女が申し訳なさそうに頷く。街の収穫祭で子どもたちが着る衣装だ。去年のものを仕立て直したが、何着かほつれが見つかったという。 「急なお願いでごめんなさい。買い直す予算は避難所の毛布に回したくて」 「それなら直しましょう。布も、まだ働きたい顔をしています」  私は針箱を開けた。花の刺繍のことは気がかりだったが、セラは預かった箱をまだ返していない。無断で探すより、今は手元の仕事に集中する。  青い上着の袖口に指を入れると、片側だけ糸がつれていた。持ち主が走るたび、手を大きく振ったのだろうか。想像しながら糸をほどき、新しい縫い目を置く。 「こちらが、例の緊急事態ですか」  顔を上げると、エリオットが扉に立っていた。休んでいるはずの人が、いつものように穏やかな顔をしている。 「殿下。お水はもう一杯飲みましたか」 「監視の網が広すぎませんか」 「王宮一の連携ですから」  彼は降参したように両手を上げた。顔色は先日よりましだが、椅子を引いて勧めると、今日は素直に腰を下ろす。  侍女が衣装の山を説明すると、彼は一着を持ち上げた。小さな肩に銀色の飾りが縫いつけてある。 「昔はこれを着る子たちが、私より立派な肩書きを持っているように見えました」 「殿下より?」 「祭りの騎士団長です。私の命令は聞かず、お菓子の前では全員が同格になる」 「理想の組織ですね」  彼が笑った。裂けた暁布の前で見た苦しげな顔とは違う。そのことにほっとして、私は針先から目を離しかけた。 「あっ」  指先に小さな痛みが走る。血が布につく前に手を引くと、エリオットが自分のハンカチを差し出した。 「騎士団長に叱られるところでした」 「大丈夫です。これくらい」 「大丈夫な人も、包むくらいはできます」  受け取った白布は、きれいに畳まれていた。彼が立ち上がりかけたので、私は首を振る。 「自分で巻けます。殿下は座っていてください」 「では、監視役を務めましょう」 「追加料金が発生しますよ」 「水を飲むことで相殺できませんか」 「交渉成立です」  侍女が吹き出し、部屋の空気が少し軽くなった。私は指を包み、残りの糸を慎重に始末する。エリオットは衣装を畳む係を申し出て、何度か向きを間違えながらも手伝ってくれた。  最後の一着を広げたとき、彼は飾り紐を指で示した。 「これは、ほどけやすくありませんか」 「結び直せます。でも、長さが変わると着る子が困るかも」  侍女が持ち主を呼びに行き、やって来た男の子に確かめた。紐は少し長いほうが好きだという。走ると揺れるのが格好いいらしい。 「じゃあ長さはそのまま。結び目だけ丈夫にしようね」  男の子は頷き、修繕が終わるまで隣で見ていた。出来上がった衣装を受け取ると、裾を翻して一礼する。 「殿下も、お祭りに来てください!」  まっすぐな誘いに、エリオットは一瞬だけ目を伏せた。 「ありがとう。行けるように努めます」  約束とも断りともつかない返事だったが、男の子は嬉しそうに駆けていった。  侍女が後を追い、部屋には私たちだけが残る。窓の外から、祭りの支度をする人々の声が聞こえた。 「無理に来なくても、私が騎士団長の勇姿を報告します」 「報告書は絵入りでお願いします」 「絵はノアに頼んでください。私は針専門です」  そう言うと、彼はまた笑った。その笑顔を見ていると、ここに来てから初めて、祭りの日が楽しみになった。  けれどエリオットは、私の左袖の赤い縫い目に目を留めたまま、ふと黙る。  彼女が帰る道が見つかれば、祭りの報告を聞くことも、こんなふうに隣で笑うこともなくなるかもしれない。  その可能性を奪ってはいけないと、彼は知っていた。だから胸に生まれた寂しさには名前をつけず、畳み終えた衣装を私へ差し出す。 「これは、どこへ?」 「そっちは裏返しです、殿下」 「やはり追加料金を払うべきでしたね」  私たちは二人で笑い、もう一度、布の向きを確かめた。  窓辺では、祭りの旗が風に揺れていた。

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