花びらの数を数え始めてから、私は三度、お茶を冷ました。
「四枚、五枚、六枚……あれ。今どこまで数えました?」
「お茶は三杯目です」
向かいに座るエリオットが、すました顔で言う。机の上には紙に写した花の刺繍と、王宮の古い街図が広がっていた。
王妃の遺品にあった花柄は、セラさんが作業を止めたあの日から、ずっと気にかかっている。遺品そのものを勝手に持ち出すわけにはいかない。そこで、管理の人に許可をもらい、私が見た針の向きと花の形を紙に写したのだ。
「殿下、数えてくれるなら花のほうをお願いします」
「では、報酬は温かいお茶で」
「冷めたものが三杯あります」
「手厳しい」
彼が笑うと、張り詰めていた肩が少し緩んだ。昨日の記録室で、レオンさんは名簿の照合を拒んだ。マルタさんの名を追加する話は進めてもらっているけれど、ほかにも漏れた人がいるのか、まだわからない。
調べたいことばかり増える。手は二本しかないのに。
「こちらは五枚ですね」
エリオットが写しの端を指す。五枚の花びらのうち、一枚だけ線が短い。刺繍を見たときも、そこだけ針が妙な方向から入っていた。
「描き間違いでは?」
「確かめました。花びらは五枚。でも、最後の一針が内側を通っていたんです」
紙の上で、私は鉛筆を動かした。花の中心から端へ、次は裏を通って隣へ。針の順番を思い出しながら線を結ぶと、花々の間を斜めに渡る筋ができた。
「模様というより、道みたいですね」
エリオットは街図の上に薄紙を重ねた。花の中心を、古い噴水の印に合わせる。次の花は通りの交差点に、その次は川沿いの広場に近かった。
「偶然かもしれません」
「うん。でも、花びらの数は?」
私は街図の小さな数字に目を留めた。区画ごとに記された古い番号だ。噴水の区画は四、交差点は六。写しの花びらも、それぞれ四枚と六枚だった。
鳥肌が立った。合わない箇所もある。地図の番号が変わった可能性だってある。それでも、いくつもの花が似た場所を指している。
「お母さまが、何かを残したかったのかもしれません」
言ってから、私は王子の顔を見た。母親の話を、勝手な謎解きの材料にしてしまっただろうか。
エリオットは薄紙を押さえたまま、静かに頷く。
「そうだとしたら、知りたいです。ただ、母が何を考えていたかまで、今ここで決めつけないでおきましょう」
「はい。一緒に確かめます」
そのとき、戸口で小さく咳払いがした。セラさんだった。私の手元の花を見ると、彼女の足が止まる。
「また、その模様を」
「勝手に遺品を触ってはいません。管理の方に許可を得て写しました。前に作業を止めた理由、聞いてもいいですか」
セラさんの視線が、紙から王子へ移る。彼女はすぐには答えなかった。
「……あの刺繍に近づくなと、以前から言われていました。誰に、何のために、とは今は言えません」
「危険があるのですか」
エリオットが尋ねると、セラさんは唇を結んだ。
「わかりません。だからこそ、独りで行かないでください」
それだけ告げて、彼女は退出した。引き止めたかった。でも、怯えた横顔を見たら、言葉を力ずくで引き出すことはできなかった。
残された私たちは、もう一度地図を覗き込む。最初の花に重なるのは、川の手前の小さな区画だ。番号は三。花びらも三枚。
「ここには何が?」
エリオットは地図の隅にある凡例を読み、指先を止めた。
「織物工房、とあります。ずいぶん前に閉鎖されたはずです」
「工房……」
針順と地図が、たまたま似ただけかもしれない。けれど、縫い目の先に織物の場所があるなら、確かめずにはいられなかった。
王子は薄紙を丁寧に折り、私に差し出した。
「管理先と建物の状態を調べます。入る必要があるなら、許可と安全を確かめてから。一人では行かないでください」
「セラさんと同じことを言うんですね」
「ええ。私も心配していますから」
まっすぐ言われて、返事を探す間に顔が熱くなった。王子は冷めたお茶を一口飲み、わずかに眉を上げる。
「これは、確かに温かいほうがいい」
「今さらですか」
笑いながら、私は折った紙を胸に抱えた。花びらが示す最初の場所。閉ざされた工房の中に何があるのか、まだ誰も知らない。