スープの鍋を空にしたあと、私たちはアンナに連れられて地下倉庫へ向かった。
「片づける人、募集って言ったよね」
「聞きましたとも。休む仕事は終了ですか?」
エリオットが尋ねると、アンナは胸を張った。
「重い物はノアと殿下。ミオさんは布の仕分け。姉さんは埃を吸わないように見張って」
「私だけ仕事が軽くない?」とセラ。
「姉さん、昨日から三回も咳をしてる」
反論しかけたセラは、妹の手に押しつけられた布巾を見て黙った。見張り役にも道具は必要らしい。
倉庫は避難所の裏手にあり、石段を下りると乾いた土と古い木の匂いがした。灯りを持つノアが先に立つ。壁には水の高さを記した線がいくつも刻まれ、棚には寄付された毛布や空き瓶が並んでいた。
「霧がひどくなる前は、近所の人がここに物を預けてたんだ」
アンナが箱の蓋を開ける。中身の持ち主がわからないものもあるという。札は失われ、預けた人の記憶も確かではない。勝手に処分せず、見えるところへ出して尋ねて回るつもりらしかった。
「絵にして掲示しようか」とノアが言う。
「助かる。持ち主が見つからなければ、使い道もみんなで決めたい」
私は毛布を広げ、虫食いの穴に指を添えた。繕えばまだ使える。願いを縫う必要はない、ただの修繕だ。
「これ、上で縫ってもいい?」
「うん。針は台所の引き出し。あ、でも、その箱は待って」
アンナが止めたのは、棚の奥の平たい木箱だった。蓋に花のような焼き印がある。片方の留め金が錆び、壁と棚の隙間に押し込まれていた。
「それ、街の古い荷物を集めたときからあるの。誰のものか聞こうと思ってたけど、棚が動かなくて」
「では、力仕事をしましょう」
エリオットとノアが棚を少しずつ引く。ぎしりと音がして、箱が床に滑り落ちた。埃が舞い、セラが布巾を振る。
「見張り役、大忙しですね」と私が言うと、彼女は眉を上げた。
「あなたも鼻を覆いなさい」
箱の中には布の切れ端と、油紙に包まれた薄い板が入っていた。アンナが首をかしげる。
「開けてもいいと思う。預かり物なら、誰のか確かめなくちゃ」
私たちは箱を明るい場所へ運び、油紙をそっと解いた。現れたのは、端の破れた紙だった。板ではなく、幾重にも折った紙が湿気を避けるよう油紙に守られていたのだ。
細い線が幾つも走り、四角い形を結んでいる。大きさも形も不揃いな四角が、糸のような線で互いにつながり、一枚の網を描いていた。
「街の道かな」ノアが覗き込む。
「道にしては、行き止まりが少ないね」
アンナが自分の腕輪を指で回す。端切れを結んだ腕輪には、隣の家からもらった布が一枚、混じっていた。
「これ、布じゃない? ほら、ここ。結び目みたい」
指先のそばには、小さな輪が描かれている。一つの四角から何本もの線が伸び、別の四角へつながっていた。
私は目を凝らした。王宮の大きな暁布とは違う。もし小さな布を結び合わせた図なら、以前、子どもたちの腕輪の結び目の周りで霧が薄くなったことを思い出す。
「似ていますね。でも、これだけでは何をする図かはわかりません」
セラの声は慎重だった。彼女は紙を押さえる前に、アンナを見る。
「裏も確かめていい?」
「もちろん。破らないでね」
セラが紙の端を持ち上げると、裏には流れるような文字が残っていた。墨は薄れ、途中で紙ごと千切れている。それでも、末尾の署名は読めた。
エリオットの指が止まる。
「……母の名です」
亡き王妃リディア。以前見た花の刺繍を思い出す。箱の焼き印も、花びらの数こそ違うが、どこか似ていた。
「母上が、なぜこの街に」
答えられる人はいなかった。セラも署名を見つめたまま、首を横に振る。紙には他にも文字があるが、破れた部分が大きく、図の用途も年代もわからない。
ノアが素早く帳面を開いた。
「写しておこうか。線だけでも」
「お願い。原本は街のものだから、持って行くなら皆さんに相談したい」
エリオットがそう言うと、アンナはうなずいた。
「上の人たちにも見せよう。母さんの知り合いなら、箱のことを覚えてるかもしれないし」
私は紙を押さえるため、掌ではなく毛布の端をそっと重しにした。大切なものを、見つけた勢いで奪ってはいけない。
ノアの鉛筆が四角と線をたどる。その隣でエリオットが、破れた縁に目を落としていた。母の字を懐かしむようにも、知らなかった母を探すようにも見える。
「小さな布を、たくさんつなぐ」
私がつぶやくと、彼は静かに顔を上げた。
「それで何ができるのか、確かめたいですね」
「はい。一枚の布だけに頼らなくていい方法かもしれません」
期待は、まだ仮縫いにもならない。破れた設計図の一部だけで、彼を救えるとは言えなかった。それでも、知らなかった線が目の前にある。
そのとき、地上で鈴が三回鳴った。
道を確かめる合図だ。アンナが階段を見上げ、ノアは描きかけの帳面を閉じる。私たちは図を油紙に包み直し、互いの顔を確かめてから灯りの方へ急いだ。