朝の工房で、セラは端切れを二枚、針箱の前に並べた。
「昨日の続きよ。設計図を持ち出さなくても、布を結ぶ実験はできる」
「ただし、安全な場所で、小さくですね」
私は窓の外を見た。霧が街に流れ込んだわけではない。試すのは、セラが研究用に厳重に封じていた、ごく小さな霧の入った硝子箱だ。蓋は二重で、異変があれば部屋の外から閉められる。
ノアが箱と机の位置を紙に描き込む。「うまくいかなかったことも、全部残すよ」
「そのほうがいいわ」とセラは言った。「後から都合よく成功だけを選ばないために」
エリオットは扉のそばで、避難路を確かめている。王宮の暁布が彼にどんな負荷をかけるか、私たちはまだ解決できていない。今日の試作品がその代わりになると、約束できるわけでもなかった。
「殿下には、見守っていただくだけです」
「心得ています。口を出すのも禁止ですか」
「お茶の濃さについてなら」
「それはもう、私の担当から外されたはずですが」
ノアが笑い、セラの肩の力が少し抜けた。
私は青い端切れを手に取る。セラは白い布を選んだ。互いの願いを、それぞれの布に縫い留め、結ぶ。人の心の奥を探るのではなく、本人が言葉にして預けたいものだけを扱う。
「私は、明日もアンナからの手紙を読めますように」
セラはそう言って、針先を見つめた。「街からの返事が届かなくても、待てる自分でいたい」
「その願いを、試作品に預けてもいいですか。途中でやめたくなったら、いつでも言ってください」
「ええ。あなたは?」
私は左袖の赤い糸に触れた。母の顔を思い浮かべると、胸が少し痛む。
「明日も、帰る方法を探せますように。それと、ここで知り合った人たちの話も聞けますように」
「二つも?」
「欲張りでしょうか」
「いいえ。願いの数に、宮廷の規則はなかったはずよ」
セラは真面目な顔で言い、私は吹き出した。
許しを確かめ合ってから、それぞれの布に糸を通す。私はセラの言葉を繰り返し、違っていないか尋ねた。彼女が頷いたのを見て、一針ずつ進める。彼女もまた、私に確かめながら縫った。
二枚の端を結んだとき、指先にかすかな温もりが集まった。糸は黒くならない。
「では、開けるわ。合図したらすぐ蓋を戻して」
セラが箱の内蓋を持ち上げ、私は結んだ布を近づけた。白い靄が硝子の内側を這い、結び目に触れる寸前、そこだけ薄くなる。
「退いた……!」
ノアの鉛筆が走る。私は息を殺して見た。箱全体が晴れたわけではない。布から離れた角には、まだ霧が溜まっている。
「距離を測ろう」とエリオットが言う。
「口を出しましたね」
「お茶よりは役に立つかと」
彼が差し出した物差しを受け取り、私は結び目から霧の端までを測った。たった指二本ぶん。それでも、腕輪の周りで見た変化に似ている。
セラが蓋を閉めた。すぐに記録をつけ、窓の換気口と避難路をもう一度確かめる。次に、彼女は白い布を指で押さえた。
「ミオ。今から私の同意を取り消すわ」
成功した直後なのに、と一瞬思った。だが、続けるかどうかも本人が選べなければ意味がない。
「わかりました。もう一度、箱を開ける前でいいですか」
「ええ。縫ったものを残すことにも同意しない」
私は結び目をほどいた。針を使わず、布の端をゆっくり引く。温もりが引き、糸がただの糸に戻る。セラは白い布の縫い目を自分で解いた。
再び箱の蓋を持ち上げ、二枚を並べる。今度は霧が寄ってきても、薄くならなかった。すぐ蓋を閉める。
「効力が消えた」とノアが書く。
「切れたら危険ね」とセラは言った。「街を守る布に使った場合、撤回した人を責めるのではなく、守り方を考えなければ」
「一枚抜けたら、別の布で支えるとか?」
「可能かもしれない。でも、今日の二枚だけではわからないわ」
私は机上の布を見た。小さな成功と、小さな停止。両方を記録しなければ、また誰かを都合のいい材料にしてしまう。
エリオットは青い布を持ち上げずに眺めた。
「帰る方法を探す願いを、私の前で言ってくださったのですね」
「隠す必要はないと思ったんです。ここでのことも、大切だから」
彼はわずかに目を細めた。「ええ。どちらも大切にしていい」
その声が優しくて、私は返事の代わりに針箱の蓋を閉めた。うっかり指を挟みそうになり、王子に笑われる。
昼を過ぎたころ、扉が強く叩かれた。衛兵に先導された宰相オルフェンが、記録用紙と二枚の端切れを見下ろす。
「何をしていた」
セラが実験の条件と結果を説明した。同意を撤回すれば効力が失われることも、隠さずに。
宰相の手が、上着の内側に滑る。取り出された懐中時計には、縁に大きな欠けがあった。
「その布を、二度と結ぶな」
低い声には怒りだけではない、何かが震えていた。