避難所の扉を開けると、床いっぱいに小さな色が散らばっていた。
「ミオ、踏まないで!」
リラの声に、私は片足を上げたまま固まる。靴の先には、青い端切れと、それを押さえる小さな指があった。
「ごめんね。大事な作品?」
「まだ作品じゃないの。これから願いを書くんだよ」
黄色い花の札をつけたリラは、得意げに布を掲げた。隣では子どもたちが、細長く裂いた布を腕に巻き、結び目を作っている。
昨日、荷車に積まれていた端切れだ。
「腕輪ですか」とエリオットがしゃがみ込む。
「うん。みんなでつなぐの」
リラが腕を伸ばすと、隣の少年も自分の腕輪を見せた。それぞれの結び目には短い布片が一枚ずつ挟まっている。
「忘れちゃっても、これを見たら、また聞けるでしょ」
少年が言った。「ぼく、字が下手だから絵にした」
彼の布には、丸いものが三つ並んでいた。パンだろうか。月だろうか。私が迷っていると、少年は胸を張る。
「じゃがいも!」
「惜しかった。パンかと思った」
「焼いたらパンに似るよ」とリラが慰めてくれた。
エリオットは真剣な顔でうなずいた。「次からは、じゃがいもも候補に入れます」
少年は声を上げて笑った。
◇
子どもたちは、明日したいことを一枚ずつ布に書いた。
母とスープを飲みたい。友だちと石けりをしたい。寝る前に本を読んでほしい。
リラはしばらく筆を握ったまま考え、「お花に水をあげる」と書いた。黄色い花の札を大事そうに撫でてから、小さく付け加える。
「それから、みんなの名前を呼びたい」
私は彼女の隣に座った。「布に書く?」
「ううん。これは言っておきたいの」
リラは順番に友だちの名を呼び、最後に私を見た。
「ミオも、エリオットも」
「はい」と私が返事をすると、王子も「ここにいます」と応じた。
名札だけでは、なくなった関係を取り戻せない。昨日までに痛いほど知ったことだ。それでも、今ここで呼ばれた名前に返事をすることはできる。
「私も書いていい?」
そう尋ねると、リラが赤い端切れを渡してくれた。
私は迷ってから、「みんなと温かいごはんを食べる」と書いた。元の世界の母が作るごはんも浮かんだけれど、その願いは胸の内に置いておく。布に書かなければ消えるわけではない。
「殿下もどうですか」
エリオットは差し出された筆を見た。
「私ですか」
「じゃがいもの絵でもいいですよ」
「画力を試されるのは困りますね」
笑いはしたものの、彼の手は動かなかった。私は筆を引っ込めようとして、やめた。書かないという選択もできるよう、筆を机に置く。
しばらくして、彼はそれを取った。
「避難所に、必要な食料が届くように」
整った文字を読んだリラが首をかしげる。
「エリオットがしたいことは?」
彼は一瞬、答えに詰まった。
「……食料を届ける手伝いをしたい、でしょうか」
「それも大事」とリラはうなずいた。「じゃあ、わたしがスープをよそってあげる」
エリオットは目を丸くし、それから柔らかく笑った。「楽しみにしています」
その言葉が、少しだけ慎重に置かれたように聞こえた。
◇
腕輪には、願いを書いた布を結び目に挟んだ。誰かの布を勝手に選ばないよう、持ち主にどこへ結ぶか聞いてから、子どもたち自身に手を動かしてもらう。
「固く結びすぎると、外したいときに困るよ」
私が言うと、少年は眉をひそめた。「外していいの?」
「もちろん。願いが変わったら、結び直してもいいし」
「じゃあ、明日じゃがいもが食べられたら、次はお肉にする」
「野心家ですね」とエリオットが言った。
「殿下のお皿から取る気かもしれません」
「それは衛兵を増やさなくては」
笑いながら、私たちは互いの腕輪を細い端切れでゆるくつないだ。立ち上がるときに引っ張り合わないよう、長さはたっぷり取る。遊び終わったらほどける結び方も教えた。
そこへ、ノアが紙筒を抱えて入ってきた。
「なんだ、楽しそうじゃん。僕も混ぜて」
彼は腰を下ろすと、つながった腕を一枚の紙に描き始めた。顔より先に結び目を描くのが、いかにも彼らしい。
「絵なら、名前が思い出せなくても、何をしてたかは見られるだろ」
ノアは紙から目を上げずに言った。
「思い出せるとは限らないけどさ。見た人が、また聞けるようにはなる」
リラが嬉しそうにうなずいた。「それ、わたしとおんなじ」
窓際で誰かが息をのんだ。
薄い霧が、閉めた窓の隙間から室内に入り込んでいた。外から近づいてくる人影も、白さの向こうでぼやけている。
「窓から離れて」とエリオットが言い、立ち上がる。大人たちが子どもを呼び、避難所の奥へ誘導し始めた。
私はリラの手を取ろうとし、そこで気づいた。
つながった腕輪の周囲に、霧が近づいていない。
白いものは床を這い、机の脚を包みかけている。けれど結び目のそばだけ、指先ほどの隙間を残して揺れていた。大きく退いたわけではない。息を吹きかければ消えそうな、ほんの小さな澄み間だ。
「殿下、ここ」
エリオットが戻ってきて、私の指す先を見つめた。彼は布に触れず、窓と腕輪の距離を確かめる。
「確かに薄い。でも、これだけで安全とは言えません。まず移動しましょう」
私はうなずいた。結び目を試すために子どもたちを霧のそばに留めることはできない。
「腕輪、外してもいいからね。急いで奥へ行こう」
リラは隣の少年との布をほどき、自分の腕輪はそのままにした。少年も同じようにする。ノアが二人の後ろを歩き、私は最後に机を離れた。
避難所の奥では、すでに職員が窓の補修を始めていた。王宮から来た縫い手も呼ばれるという。
「さっきの、私たちの願いが霧を押したのかな」
リラに聞かれて、私は首を振った。
「まだわからない。そう見えたけど、別の理由かもしれないから。セラさんにも話して、確かめてもらうね」
「じゃあ、絵にも描いとく」
ノアは紙の端に、白い霧と、結び目のまわりの小さな隙間を描き加えた。日時と場所も、わかる範囲で書き添える。
リラは腕輪の布をそっと握った。
「もし明日、名前を忘れちゃったら、また聞いてもいい?」
「もちろん」と少年が言う。「ぼくも聞く」
小さな約束だった。霧を防げるかどうかは、まだ誰にもわからない。それでも私は、ほどけるように結ばれた布を見ていた。
誰かの願いを閉じ込めるのではなく、また尋ねるための結び目。
その晩、王宮へ戻った私がセラに絵を見せようとしたとき、廊下の奥で布の裂けるような音がした。
次いで、鐘が激しく鳴り始めた。